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薬局における事業譲渡とは?実施のポイントと具体的な流れ

調剤薬局の経営者の中には、高齢や後継者不足を理由に引退を検討している人もいるのではないでしょうか。「引退=廃業」のイメージを持たれがちですが、薬局を売却する「事業譲渡」という選択肢もあります。事業譲渡を実施すれば、薬局を存続させたまま引退することが可能です。

当記事では事業譲渡の概要に加えて、薬局が事業譲渡すべきタイミングを解説します。事業譲渡を実施する際のポイント、具体的な流れも紹介するため、薬局の事業譲渡を検討している人は参考にしてください。

 

1.事業譲渡とは?

事業譲渡はM&Aの手法の1つであり、事業の全部または一部について他社に譲渡することを指します。

譲渡の対象となる事業の定義は「一定の目的のために組織された財産」であり、有形・無形を問いません。具体的には、知的財産や従業員、ブランド、顧客リスト、ノウハウなどが挙げられます。

事業譲渡では会社の事業のみが譲渡されるため、会社そのものは独立性を維持して企業活動を続けられる点が特徴です。また、薬局における事業譲渡とは薬局自体の売却を意味します。

 

1-1.事業譲渡と会社分割・株式譲渡の違い

M&Aの手法には、事業譲渡の他に会社分割・株式譲渡などがあります。

会社分割とは、会社が営む事業を切り離して他社に分割する方法です。会社分割では、事業譲渡のように「事業の一部のみの譲渡」はできず、対象となる事業に関するすべての財産を譲渡します。その他にも、事業譲渡では会社の独立性を維持できますが、会社分割では法人格ごと譲渡しなければならないという違いがあります。

また、株式譲渡とは、買い手に発行済株式を譲り渡すことで会社そのものを丸ごと譲渡する方法です。株式譲渡では、オーナーが変わるのみで会社自体はそのまま引き継がれるため、事業譲渡と比較すると手続きが非常にシンプルです。

なお、会社を包括的に継承する株式譲渡では許認可も引き継げる一方、事業譲渡では基本的に許認可の譲渡はできません。

 

1-2.薬局が事業譲渡するべきタイミング

薬局が事業譲渡すべきタイミングの具体例を紹介します。

複数ある事業から薬局だけを譲渡したいとき
薬局以外のメイン事業に力を入れたい場合は、事業譲渡によって薬局だけを売却できます。薬局に回っていた経営資源をメイン事業に活用できるため、事業の効率化を図れます。
経営している複数の薬局から一部のみを譲渡したいとき
複数の薬局を経営していると、店舗ごとで売上に差が生じることもあります。事業譲渡は譲渡する範囲を自由に決められるため、売上の悪い店舗のみを譲渡することも可能です。
薬局を続けられなくなったとき

薬局オーナーの病気や高齢、薬剤師不足などが原因となり、事業を続けられなくなるケースもあります。廃業には建物の原状回復費用や医薬品の廃棄費用など、まとまった資金が必要です。

事業譲渡を選択すれば廃業費用がかからない上、売却による利益を得られるというメリットもあります。

利用者や従業員に影響を与えず引退したいとき
引退に伴う廃業を考える際、多くの薬局オーナーを悩ませる点が利用者や従業員への影響です。これまで薬局に通っていた地域住民は別の薬局を探す必要がある上、従業員は解雇となります。しかし、事業譲渡をすれば次のオーナーのもとで営業を続けられるため、周りに大きな影響を与えずに引退が可能です。
後継者がいないとき
身内や従業員の中で後継者を見つけられない場合も、事業譲渡すべきタイミングの1つです。事業譲渡によって理解あるオーナーへ引き継ぐことで、薬局を存続させたままバトンタッチできます。

 

2.薬局が事業譲渡を実施するときのポイント

事業譲渡はさまざまな手続きを伴うため、すべての手続きが完了するまでに1年ほどかかるケースも見られます。また、買い手が見つからない場合はさらに時間がかかります。事業譲渡を決めた後は、手続きにかかる時間を考慮して早めに準備を始めましょう。

以下では、事業譲渡を実施する際のポイントを解説します。

 

2-1.売却相手を選ぶ際は妥協しない

事業譲渡が終われば、薬局の従業員は売却相手のもとで働くことになります。信頼できる薬局経営者として従業員を任せられるか慎重に判断し、妥協せずに売却相手を選ぶことが重要です。

売却相手を探す方法には、M&A専用のマッチングサイト、仲介業者や金融機関の会社譲渡支援サービスの利用などがあります。

最近ではM&Aの需要が高まっていることから、無料で譲渡案件情報を掲載できる専用サイトもあります。会社名を非公開にして登録できるため、M&Aを内密に進めたい場合も安心です。

 

2-2.必要になる手数料の種類・相場を把握しておく

事業譲渡を仲介業者に依頼する場合は、さまざまな手数料が必要となります。必要な手数料の例と相場は以下の通りです。

着手金 M&Aの仲介業者に支払う前払金であり、事業譲渡が成立しなかった場合も返金はありません。以前までの相場は50万〜200万円ほどでしたが、無料で利用できるマッチングアプリなどの影響により、着手金不要とする仲介業者も増えています。
月額報酬 仲介業者に毎月支払う利用料です。相場は30〜200万円ですが、月額報酬を不要とするケースもあります。事業譲渡の成立までは毎月支払う必要があるため、依頼前に金額を確認しておきましょう。
中間金 M&Aの基本合意書を締結した際に支払う手数料です。相場は成功報酬の1〜3割ほどであり、成功報酬が高いほど中間金も高くなります。また、仲介業者によっては中間金を不要とするケースもあります。
相談料 M&Aに関する相談の際に支払う手数料です。最近では相談料を設定している仲介業者は非常に少ないものの、まれに支払いが必要となるケースもあるため、事前に確認しておきましょう。
成功報酬

M&Aが成立した場合に支払う手数料であり、取引金額に一定の手数料率を乗じて金額を決定します。成功報酬額は事業規模によって大きく異なりますが、中小企業の場合で2,000万〜5,000万円ほどです。相談の際に、自社の場合はどの程度の金額になるか確認しておきましょう。

また、取引金額が小さい場合にも仲介業者が一定の利益を得られるよう、成功報酬における最低報酬金額が設定されているケースもあります。

事業譲渡に必要な手数料の金額は、仲介業者によって大きな違いがあります。事前相談の際に設定されている手数料の種類と金額を十分に確認し、把握漏れを防ぎましょう。

 

3.薬局が事業譲渡を実施する際の流れ

薬局が事業譲渡を実施する際の流れは、以下の通りです。

(1)買い手を探す
事業譲渡を決めた際、まずは買い手を探します。事業売却に特化したサイトの利用や仲介業者への依頼など、自社に合った相談先を選択してください。
(2)秘密保持契約を締結する
秘密保持契約とは、事業譲渡に関する一切の情報を他言しないという契約です。買い手との交渉の際には、薬局の経営状況や資産などを詳しく伝えなければなりません。事業譲渡の成立前に情報が漏れることを防ぐためにも、交渉時には秘密保持契約を締結しましょう。
(3)基本合意契約を締結する
事業譲渡の範囲やスケジュールを話し合った後は、基本合意契約を締結します。基本合意契約は事業譲渡の仮予約のようなイメージであり、お互いが前向きに交渉を進めていくための区切りとなる重要な契約です。
(4)薬局の現地調査を行う
買い手が薬局の現地調査を行い、売り手側から申告された情報の精査をします。
(5)事業譲渡契約を締結する
現地調査に問題がなければ、事業譲渡契約を締結します。なお、事業譲渡契約には取締役会による過半数の同意が必要です。
(6)事業譲渡に必要な手続きを行う
株主への通知や名義変更など、事業譲渡に伴って必要となる手続きを済ませます。株主への通知は、事業譲渡の効力発生日の20日前までに実施する必要があります。
(7)行政手続きを実施する
事業の売却は薬局の開設者が変わることになるため、保健所で開設許可をもらう手続きが必要です。

 

まとめ

事業譲渡とは、事業の全部または一部を他社に譲渡する契約です。薬局における事業譲渡は薬局の売却を意味しており、複数事業の中から薬局だけを譲渡したい場合、顧客や従業員に迷惑をかけずに引退したい場合などに有効な方法です。

事業譲渡を実施する際は、十分に時間をかけて売却相手を選ぶこと、手数料の種類と相場を把握しておくことが重要となります。また、事業譲渡の手続きには、秘密保持契約や基本合意契約の締結が必要です。事前に全体の流れと各契約の内容を確認しておき、スムーズに手続きを進められるようにしましょう。

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